One of My Favourite

このコーナーは僕の好きなもの、おすすめなものを紹介してゆくコラムです。

2000年5月


「野球!」
今回は野球!
そうベースボールだあ〜!
僕達の世代の子供の頃の夢(男)といえば、
「プロ野球の選手になる」かまたは「宇宙飛行士になる」
でその次となると「社長になる」とか「広島交通のバスの運転手になる」とかで、
今思うと非常に微笑ましい時代だったなあと思ったりします。
 
しかし、プロ野球選手!これは今も変わりません。今度生まれ変わった時、
イチローみたいに打てたらどんなに楽しいだろう。松坂みたいに150キロの
速球が投げられたら、いや160キロなんて投げられたら・・・・。
とトイレの中でぼんやり考えた事が君にもあるだろう?
僕は広島出身なのですが、広島カープのファンではありません。
(今は多少ひいきしてますが)というのも、僕の叔父(父の弟)が
ヤクルトスワローズの選手だったのです。
 
その当時カープとヤクルトと言うのはおもいっきりお荷物球団で、
この2チームに大洋ホエールズという球団が加わって熾烈なビリ争い
をしておりました。しかしぼくにしてみれば、叔父がプロ野球選手で
しかも1軍、ゆえに試合に出る、というのはこれ以上自慢できるものは
ないぐらいの自慢だったので、小学校じゅうに言いふらしていたのですが、
あるとき上級生が僕の教室にやってきて「福冨おるかあ〜」
「おいっ!お前の叔父さんが打ったけえ、昨日カープが負けたんじゃ」と脅される
事も多々あったのですが、内心誇らしくて誇らしくて胸がはちきれそうでした。
 
「わしの叔父さんはプロの野球選手じゃ〜。しかもきのうは
ホームランをうったんじゃ〜」最高でした。
しかし長嶋茂雄と一茂、野村克也とカツノリ、加山雄三とその息子、
たけしとその娘などをみればよくわかりますが、
ましてや叔父さんである人の才能が僕に下ってくるわけがありません。
 
しかし、野球はやめなかった。中学、高校と補欠だというのに野球部にいたし。
プロ野球の選手になりたいと全く思わなくなったのは、あの時です。
 
忘れもしません。
中学生の時に叔父のまえで素振りをしたのですが、叔父は
一言「おまえは才能がないから勉強しろ」ん〜今思えば、あそこで野球部
辞めて勉強してたら、今頃は宇宙飛行士になれてたかもしれない。
正直いって野球部にいたころ野球が楽しいと思った事って、
ほとんどなかったね。意地でやってたね。
やめたら他の部員から白い目でみられるとかさ。
 
でも今は最高に楽しいです。
ちなみに今はアトムズという草野球チームに参加してます。
草野球やって思うのは、やはりグラウンドにたった時の嬉しさね。
これが子供の頃好きだった野球だと思ったもんです。話し変わるけど、
今の子供はメジャーリーガーになれる可能性があるっていいうのはすごいね。
昔シンシナティーレッズが日本にやってきた時、僕は相当大リーグファンに
なったんだけど、そのときノーラン・ライアンみたいに160キロをこえる速球を
なげるピッチャーがいることや、レジ−・ジャクソンの「客は俺を見に来てるんだ」
っていうコメントや監督とがんがん喧嘩するってことなんか知って興奮したもんです。
 
いいなあ今の子供は。ようし俺も草野球の星をめざすぞ〜。
まだ今シーズン、ヒットないんで明日あたり近所のバッティングセンターに
行こうかなと考えてます。
 
ではまた。

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2000.05.29
 
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